茶室は、日本の茶道に於いて茶事の主催者、亭主が客を招き、 お茶を出してもてなすために造られる部屋である。四畳半以下の 狭い茶室を小間、更に素朴で質素な材料で作られ、佗びた佇ま いの簡素な茶室を草庵茶室という。
拙作の「鉄茶室 徹亭」は、二畳台目出炉下座床の草庵小間を写し、徹底して総てが鉄で作られた組み立て式の茶室である。また、茶室自体に留まらず配置される設えや実際に点前で使われる道具組に至るまでも総てが鉄である。1586年に、秀吉が利休に作らせたとされる(諸説あり)絢爛豪華な「黄金の茶室」とは対となろう。
高価で錆びない黄金とは違い、安価な鉄は赤く錆びやすい。本来はネガティブな現象である。しかし日本 独自の美意識として、茶の湯文化にも通ずる「侘・寂」の「寂(さび)」という概念は、閑寂のなかに奥深さや豊かさを見出す事を指すのだが、本来は時間の経過によって変化、劣化した様、ものの本質が時間の経過とともに表に現れる事、を意味しており、金属の表面に現れる「錆(さび)」も語源の一つとされているのである。我が「徹亭」は「、寂(錆)」の美意識を文字通りに具現化しており、床板、中柱の立つ小板、炉縁、躙口と、枢要な箇所には赤く錆びた鉄を配し、視覚的なアクセントとしても一役買っている。
「徹亭」は、畳表には滑り止めに使われる縞鋼板の裏面、茶室を支える15本の脚は仮設足場に使われる単管パイプとジャッキベース、客と亭主を隔てる中柱には高層ビル等に使われる極太の異形鉄筋、三箇所の障子窓には極細のステンレスメッシュ、水を入れる道具にはガスボンベを使用する等、鉄製工業製品を積極的に取り入れている。
その鉄製品独特の近代的意匠は茶の湯の伝統的意匠に溶け込み、混濁する。「見立て」とも言えようか。時に欺き馴染み、或いは 灰汁強く主張する。この調和と不調和の反復こそが鉄という物質を強烈に認識させる要なのである。
客畳に面した壁には直径 120cm の大円窓を穿つ。茶室の中から大円窓を通じて外を眺めると、外気で構成された円形の地は紙のように真白く光り、遮光を担った逆光の鉄は物質感を失い、炭の如く無光沢で上質な黒の図に変貌する。白と黒。円相図。時空が歪み、変化したかのような錯覚を覚えるだろう。それもそのはずである。円相は、茶の湯の根幹にある禅の言葉で、悟りや真理、宇宙全体などを円形で象徴的に表現したものとされるのだ。外観からこの象徴的な大円窓は、さながら宇宙船の窓のようにも見えまいか。
床の間は、茶室の構成要素の中で最も重要視され、茶室の象徴として非常に大切な空間である。四季やテーマにより掛軸や茶花、香炉などを配し、招待客は入室後一番に床の間の設えを鑑賞し、亭主の意図に思いを巡らせる。
「徹亭」の床の間の設えはというと、正面に掛軸、左壁には墨 跡 窓、右手床柱に茶花、目線を落とすと、床には先述の錆床板を 敷き、その中央には隕石が象徴的に鎮座する。
先ずは掛軸である。勿論鉄製で、当然巻くことが出来ない。いたずら防止に使われる星形の皿ネジによって天体図を描いた。これは、去る2012年5月26日、大阪にて初開催した呈茶の日時に見える星の配置となっている。「一期一会」である。この語は実は茶道に由来する。茶会に臨む際には、その機会は二度と来る事のない、一生に一度の出会いである事を心得て、亭主、客と互いに誠意を尽くす心構えを意味する。
床柱に掛けられた鉄の茶花はテッセン(鉄仙、鉄線)である。鉄の線に由来し、音感も良い。西洋種はクレマチスと呼ばれ、その花言葉の一つに「たくらみ」とある。フランスでは乞食が憐れみを得ようと、この蔓と葉で体に傷をつけて物乞いをしたという逸話から「乞食のたくらみ」「たくらみ」となったという。私はその由来に自身を見いだし、強く惹かれた。床の間には「自分自身」のメタファーとして配置した。
最後に隕石である。地球上に飛来した隕石。その隕石の中で鉄を多く含む隕石を隕鉄と呼ぶ。床の間に置かれた隕石は隕鉄であり、4000~5000年前にアルゼンチンに飛来したカンポ・デル・シエロ鉄隕石と呼ばれる。「徹亭」の心臓と言っても過言で はないだろう。
およそ5000年前の古代に作られたであろう、鉄製の装身具がエジプトで出土されている。当時は鉄の精錬技術を持たない。化学分析によると隕鉄を原料としたものと判別された。これの意味するのは、人類が最初に邂逅した鉄は隕鉄であったという事だ。また、紀元前19世紀頃の粘土板文書には、当時の鉄が金の五倍の価値があったとされる。この事からも、隕鉄は天空からの贈り物として珍重されていた事がよくわかる。かような逸話から「徹亭」の床の間には、鉄に於ける絶対的な神格として隕鉄が不可欠なのだ。
掛軸の天体図、茶花に込めた自身の精神、そして隕鉄は、複雑に呼応する。恐らくは、「徹亭」から醸しだされる宇宙的幽香は、床の間から醸成されているのではなかろうか。
終わりに、「徹亭」の銘である。鉄で作られているから「鉄亭」や「鉄庵」などと、直接鉄という字を使うのはどうにも面白くないし野暮ったい。それならばと、同じ「てつ」という音感でも「徹」という字。この字は、「徹する」「徹底」「貫徹」などでわかるようにとても禁欲的で硬質な意味があり、鉄の茶室の銘にはこの上なく相応しい。また、とにかく「徹底」して鉄を使っているので「てってい」という音感はそのままに「徹亭」と命名した。我ながら会心の銘であると自 負している。